『エヴァンゲリオン』 緒方恵美×田中刑事 スペシャル対談 1
思春期の彼の心を捕えて、いまも離さない運命の出逢い……。
『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』シリーズ最新作『シン・エヴァンゲリオン劇場版』のBGM「11170 CH edition 0706」を来季の競技用ショートプログラムに選んだ、フィギュアスケーター田中刑事が、主人公・碇シンジ役の声優、緒方恵美と緊急対談。2時間10分に及ぶ、超ロングインタビュー、第一章。
フィギュアスケートと『エヴァ』とシンジくん。
―― 不思議なとりあわせのおふたりですが、田中さんから、なぜフィギュアスケートと『エヴァ』とシンジくんなのか。その辺から話していただけると。
田中刑事(以下、田中) 僕は、いま、25歳なんですけど。フィギュアスケートを小学1年生からやっていて、アニメを好きになったきっかけが、『エヴァンゲリオン』なんです。
緒方恵美(以下、緒方) 年齢あわなくないですか(笑) 『新世紀エヴァンゲリオン』のテレビ放送開始がちょうど25年前ですが、視聴のきっかけは何だったんですか?
田中 最初に『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序』を見て、『エヴァ』が気になりだして、マンガを読んで、テレビシリーズを見て、どっぷりはまっちゃった感じのスケーターです。
緒方 ありがとうございます。私、田中さんの『ジョジョの奇妙な冒険』を拝見してました。
田中 あ、本当ですか。ありがとうございます。
緒方 めちゃめちゃ似合ってましたよね。衣装も東方仗助風で、すごくかっこいいんですよ。決めポーズがちゃんとジョジョ立ちしていて、再現率が高い!
田中 どうしてもエキシビションで、『ジョジョの奇妙な冒険(2018年エキシビション)』をやってみたかったんです。そこからアニメ好きを公言するようになって、いまもこういう対談につながってありがたいです。
―― 田中さんは、見た目はシンジくんというイメージではないですよね。
田中 メンタルは、たぶんシンジくんかな……。試合が好きなわけじゃなくて。
緒方 そうなんですか?
田中 でも、いざ、リンクに入って、曲が鳴るともう逃げられない。滑りきるまで止めることができないので、そこはたぶん……。
緒方 一人で戦うしかないですもんね。
田中 だから氷上では初号機、一人で滑るので。でも、メンタルはシンジくん寄りだと。逃げ出したい……みたいな。
緒方 たいがいの戦いはそうですよね。私も同じです。
―― 声優さんも、本番に逃げ出したいと思うことはあるんですか?
緒方 声優の仕事ではあんまりないですけどね。昔はあったのかもしれませんが、忘れました……(笑)
たとえば私は音楽活動もしているので、ライブで体調が悪いときなどに、どの辺に焦点をあてたら、体調の悪さを見せないようにパフォーマンスができるだろうか……というような場面で逃げたくなります。“逃げちゃだめ”だけど(笑) もちろん、最後倒れても全力でやりますが。
田中 わかります。僕も試合に直接影響するので、抑えて、氷ではメンタルを見せないように演技しないといけないので。
やり場のない喪失感――
緒方 いま、このコロナ禍において、どうされているんですか。前シーズンも、最後まで開催されませんでしたよね。
田中 3月にあるはずだった、世界フィギュアスケート選手権が中止になりました。あのとき、僕は世界選手権の舞台だったカナダまで行っていたんですよ。
緒方 すぐに帰国できたんですか?
田中 2泊3日で帰りました。弾丸で行って、中止になって弾丸で帰ってきて。
―― 出国できなくなるかもしれないので、早めに現地に行かれたとか。
田中 世界選手権にあわせて現地まで行ったので、帰ってきてからはメンタルがきつかったです。
緒方 そこに焦点をあてているんですものね。
田中 そこまで準備していたので、喪失感はすごかったですね。シーズン最後まで行けなかったのは初めてなので。
―― 声優さんの現場は、いまはどんな感じでしょうか。
緒方 感染対策をとって収録しています。
―― 人数が集まっての収録はなしですか?
緒方 そうですね。たとえばディズニーなど海外では、絵に合わせて声を収録するアフレコ(アフターレコーディング)ではなく、プレスコ(プレスコアリング)といって、役者の芝居を先に録音して絵を合わせる方式が主流で、役者も個別に収録する国が多いんです。
対して、日本のアニメーションは声優が揃って収録するのがスタンダード。
そもそも芝居とは、共演者がかけてくれる言葉に心を動かされるから、それに応えを返すというものの応酬なので、集まれないからといってバラバラに録れば成立するものではないんです。掛け合いで生まれるものが、全部なくなってしまうので。音響監督によっては「文化の喪失」という言い方をされる方も多いですね。
イベントやライブ、お芝居の舞台ができなくなってしまい、私自身も3月だけで7本ステージがなくなって、いま、9月まで全キャンセルの状態です。年内も危なそうですよね。
フィギュアスケートは、自己との戦いであると同時にショーでもある。
緒方 スケートは、練習場には行けているんですか。
田中 そうですね。いまはスケートリンクも再開して練習しています。シーズンオフも本当はアイスショーを行う時期なんですけど、それも全てなくなりました。
緒方 全キャンセルですか。
田中 僕も全キャンセル。今年、たくさん出演する予定だったので、「よっしゃ!」と思っていたんですけど。
―― ファンタジー・オン・アイスという有名なアイスショーも出られる予定で、それが残念でしたよね。上海にも行かれる予定でした。
田中 今年初めて呼ばれて。気合い入れて、エキシビ用に新しいプログラムを作ろうと思っていたんです。
緒方 『ジョジョ』ですか?(笑)
田中 いえ(笑) ですが、何かアニメに絡めたいなとワクワクしていたんですね。でも作るにせよ、今年使わないしなと、作ることもやめてしまって。試合も9月から始まるんですけど、全部無観客の予定です。
―― 無観客だと、演技に反応もないですしね。
田中 フィギュアスケートは観客に見ていただいて、拍手や歓声があって、ようやく完成するものだと僕は思っています。もちろん記録を取られて得点は残るんですけど、せっかく表現を出せるスポーツで誰かに伝える競技だから、観客に見てもらってなんぼだと。
伝わらないと意味がない。無観客で行うとなると、どういう形になるんだろう。一人で滑っているとただの練習に見えちゃって、何のためにやってるんだろうって。
緒方 誕生月の6月頭に、私は毎年バースデーライブをやっているんですが、今年は3月の時点で通常の開催は見込めないと判断し、資金をクラウドファンディングで集めて、無観客で無料配信する形でやってみたんです。
緊急事態宣言の発令に伴う外出自粛期間中、私も含めですが、バンドのメンバーもライブやフェスが全てなくなり、環境が一変しました。そんな状況を経てリハーサルに入って、音を出した瞬間に、みんながアレ? って顔をして。本人たち以外には分からないことだと思うのですが、0.01ミリくらいの誤差でいつもと何か違う感じがリハスタに漂っていました。
でももちろん、日を追うごとに戻ってきて。本番はみんなと一緒だし、大丈夫って思っていたんですけど、始まった瞬間に、私今日、どこ見て歌えばいいんだっけ、と。ここにはお客さんいないんだって思ったら、急にわからなくなって。実際歌い始めたら、自分の不安感に自分が押しやられていって、どんどん声が出なくなってしまいました。フロアにはスタッフ陣がいてくれたんですが、曲中は盛り上がってくれていても、一曲終わるたびに「シーン」となってしまって。
配信のマイクに音が入ってはいけないと気を使ってくれたんですが、そのたびに曲中の熱みたいな空気感もすっと消えてしまう。そしてもう一度、フロントである私がイチから盛り上げる。キツかったです。
田中さんも目標にしていた世界選手権がなくなってしまって。環境が変わってしまってから最初のショーは、もしかすると想像と全然違った体験になるかもしれないですね。
田中 いま、お話をうかがっていて、9月に控えている自分の試合が見えました。ジャンプを跳ぶと拍手をいただくのが試合の流れなんですが、その拍手もないわけで、想像したら恐ろしい。
フィギュアスケートには、2分半のショートプログラムと4分のフリープログラムがあるんです。2分半と4分、たったそれだけの時間ですけど、ジャンプして、ステップして、スピンして、表現して全部つめ込んで、ラストにむけてプログラムを盛り上げていきたいんですよ。いい形に終わると拍手をいただいて、自分はがんばったんだなっていうのが、いつもの試合の達成感になるんですけど。無観客だとジャンプを跳んでも、もちろん、無音。曲の音はあるんですけど、拍手はない状態で、成功したのになぁって。
緒方 それね、きっとスタッフとか会場にいる人に、盛り上げてもらったらいいと思いますよ。私はいま、自分のアルバムを作り始めてるんですけど、次の配信ライブのときは、観ているお客さんに聞こえていいから、みんなで「わー!」ってやってってお願いしてるんです(笑)
たぶん、そういうふうにやってもらうと、気持ちのうえで大分違うと思うんですよね。
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