映画『ありきたりな言葉じゃなくて』渡邉崇監督インタビュー<後編>

※後編のインタビューには物語の核心や結末に触れる内容がございます。未鑑賞の方はご注意ください。
映画『ありきたりな言葉じゃなくて』
脚本・監督 渡邉崇 インタビュー<後編>
──『ありきたりな言葉じゃなくて』の脚本と監督を務める渡邉崇さんへ伺うインタビュー。後編では、拓也が出会う”彼女”の「りえ」についても伺いたく思います。心配してくれる両親や先輩がいる拓也に対して、りえは周りに恵まれていないと感じる場面がありました。人だけじゃなくてお金にも恵まれていない環境で過ごしています。カラオケの後、拓也に「これで帰って」と一万円を渡されたときにギュッと止まる感じからも、彼女の複雑な心境が伝わってきました。
渡邉 拓也からお金を受け取ったシーンは、すごく意図したものです。この映画には「仕事」というテーマも盛り込んでいて。りえが生活のために選んだ水商売は、自分の人生や家族関係を狂わせた「女性」と「お金」に直結する仕事なんですよね。彼女は敢えてそうすることで「仕返し」をしているところがあって。その仕事に対して拓也が差し出した一万円は脚本で稼いだお金だろうから、それを財布には入れられなかった。だから、手に握ったままの姿を見せました。「何でお金を得るのか?」は、拓也の両親の中華料理屋さんに対する考えなどにも繋がっています。

──なるほど。拓也とりえを見ていると、現代の「孤独」の問題も感じます。近年、SNSで悪意を振りまく人は孤独な人たちだと言われています。今はそれがとても大事なテーマのように思います。ふたりともダメなところがありますが、りえが孤独であるというところに、もう一つ何かがあるように感じます。渡邉監督は、今回の映画の中で、孤独の問題については考えられましたか?
渡邉 「ひとりでいる=孤独」ではないと考えています。「本当にその人の前でいたい姿でいられない」ということも孤独なんだと思うんです。りえは、物量的に言っても周りに人がいないので孤独に見えます。それだけでなく、本来は「母親」に対して「子供」であるべきりえが、「母親」に対して「母親」の役目を果たしていることも孤独だと思うんです。そんな状態のりえだから、拓也に対して「子供」のような振る舞いになっていて。本来の自分でいられない、居心地の悪い状況に置かれている、というのも孤独のひとつだと感じます。そんな自分を本当に分かってくれる人がいれば、孤独ではないのかもしれません。
──孤独を感じる場面や状況が複雑に絡み合っているのですね。
渡邉 物量的な「ひとりでいる」とか「頼れる人がいない」という孤独とは別に、「隣に人がいても上手く関係が築けない」ことが、それ以上の孤独になり得るのかもしれないな、ということをりえに対しては思いました。母親と一緒にいるよりも、屋上に一人でいた方が落ち着くという感じで。
──それは伝わってきました。また、「書かなければいけない経験」が拓也にはなくて、りえにはあるという構図になっています。それでも「自分にしか書けないものを書きたい」と拓也は思う。「表現したい」と思った時点で、何か世の中や自分について思うところがありますよね。それが分かりやすく「ある」のがりえだと思いました。彼女は誰にも自分の姿を出せない代わりにシナリオにしています。その強い気持ちがあるからと言って成功しているわけではないところも、今回のお話の絶妙なところだと思いました。
渡邉 そうですね。それが上手くいく方向に流れることだってあるわけですから。
──拓也の言葉を引きずるりえの姿を見ると、自分に近すぎるギリギリのところで書いている人なのかな、という感じがしました。
渡邉 ただ、拓也がりえのシナリオに対して投げかける言葉のすべてが彼女を傷つけて、それだけが復讐の原動力になったとは言えないと思います。ひとつのきっかけでしかなくて。それが、芋づる式に「恨み」みたいなものとして、ずるずるずるずる吐き出されていったんだとは思うんですが…難しいですね。
──りえの言動からはやるせなさも伝わってきました。どうしても自分の主張ばかりの拓也が救われていくので、彼が騙されたことよりも、りえが劣勢のままなことが気になってしまって…。そういう点でも「他人の気持ちが分からない」ことが物語の中心にあると感じます。
渡邉 最後に行き着くべきところは、「どちらが悪かったのか?」ではないと思っています。どこに帰結するかは迷ったところです。拓也については「つまずいて初めて自分の足元を見た」となりました。りえに対して良かったと思えたのは、「お母さんの前で泣けた」ことです。あの瞬間は、りえは子供に戻れて、お母さんはお母さんに戻れたのだろうな、と思います。そして、それが訪れたということは、この先も何かちょっと違うことが起こるかもしれない。どこまでそれを感じ取ってもらえるかは分かりませんが、このことはりえにとってすごく大きな出来事だったんだろうと思います。外で拓也に対してものすごく駄々をこねて、家に帰ってようやく子供に戻れた。「本当にジタバタしたんだね」という感じが僕にはしているんです。
──たしかにふたりがやり取りをしているところは、子供のようですよね。ふたりとも一度も謝らないですし(笑)。
渡邉 確かに、謝らなかったですね(笑)。
──自分本位な言葉をぶつけ合っているのが印象的でした。
渡邉 「そうだね、ごめんね」と言ったら、終わってしまう気がしたので。

──そこは貫いていると感じました。それによって、先程渡邉監督がおっしゃっていたように、大切なのは「二人がどうなるか?」ということよりも「気持ちを分かりたいと思う相手を見つけて、どうしていくか?」ということなんだろうな、という気がしました。
渡邉 ふたりが出会ってトラブルが起きたことは不幸ではあったんですが、そこから何か持ち帰れるものがないと、描く意味はありませんでした。りえは「実は拓也が自分のシナリオを認めていた」と知れたことが大きいことだったと思うし、お母さんに対する気持ちの変化も大きい。拓也は先述したように「自分の足元を再び見ることが出来た」ことが大きいと思います。「つまずいて──他人(ひと)の痛みを知った」とポスターに書いたように、やっぱり彼らにとって「必要なつまずきだった」ということです。
──そうですね。振り返ると描かれる出来事の細かな点が繋がっているのだなと感じられました。拓也がドラマの脚本のセリフを「お腹すいた」と直すことも、実家の中華料理屋を大切に思う伏線なのかな? と感じたくらいです。彼が本当は何を大事にしているのか、一連の出来事を通して拓也は自分の物語に近づいたような気がします。そして、りえがどうなったかのも気になりました。本作の綺麗過ぎない終わり方もリアルで、考えさせられる後味です。「拓也は変わっていくのかな?」とか「りえは脚本を書くのかな?」とか「悪役みたいに思われているままで良いのかな?」とか、彼らのこれからに思いを馳せてしまいます。
渡邉 実はそういった後日談的なものも何本か書きました。でも、そうやって気にして頂いたように、皆さんに想像してもらうのが良いんじゃないかなと、思い直したんですよね。こちらで出した答えだと「チャンチャン」とそこで終わってしまうような気もするので…。だから、書いてはみたけれどカットしました。僕としては、「お母さんと泣けただけでもう良いんだよ」と思っています。
──とても印象に残る場面でした。自分ならどうしていただろう…と考える場面も多く、言葉で伝える難しさや繊細さに向き合える作品だと感じました。お話をお聞かせくださりありがとうございました。
インタビュー前編はこちらから

プロフィール
渡邉崇(わたなべ・たかし)
テレビ朝日「ワイド!スクランブル」のディレクターや、TVドラマ『レンタルなんもしない人』(2020・プロデューサー)を務める。ドキュメンタリー映画『LE CHOCOLAT DE H』(2019)では監督を務めた。オリジナル長編映画の監督は今作が初となる。
『ありきたりな言葉じゃなくて』
2024年12月20日(金)全国公開
脚本・監督:渡邉崇
主演:前原滉、小西桜子、内田慈、奥野瑛太、小川菜摘、那須佐代子、山下容莉枝、酒向芳、池田良
原案・脚本:栗田智也
制作プロダクション:テレビ朝日映像
配給:ラビットハウス
宣伝:ブラウニー
https://arikitarinakotobajyanakute.com
公式X@vivia_movie
© 2024テレビ朝日映像
STORY
“彼女”との“出会い”をきっかけに、“彼”は全ての信頼を失った……。
実際の体験を基に創り上げた、“痛切な青春”物語。
32歳の藤田拓也(前原滉)は中華料理店を営む両親と暮らしながら、テレビの構成作家として働いている。念願のドラマ脚本家への道を探るなか、売れっ子脚本家・伊東京子(内田慈)の後押しを受け、ついにデビューが決定する。
夢を掴み、浮かれた気持ちでキャバクラを訪れた拓也は、そこで出会った“りえ”(小西桜子)と意気投合。ある晩、りえと遊んで泥酔した拓也が、翌朝目を覚ますと、そこはホテルのベッドの上。記憶がない拓也は、りえの姿が見当たらないことに焦って何度も連絡を取ろうとするが、なぜか繋がらない。
数日後、ようやくりえからメッセージが届き、待ち合わせ場所へと向かう。するとそこには、りえの”彼氏”だという男・猪山衛(奥野瑛太)が待っていた。強引にりえを襲ったという疑いをかけられ、高額の示談金を要求された拓也は困惑するが、脚本家デビューを控えてスキャンダルを恐れるあまり、要求を受け入れてしまう。
やがて、事態はテレビ局にも発覚し、拓也は脚本の担当から外されてしまう。京子や家族からの信頼も失い、絶望する拓也の前に、りえが再び姿を現す。果たして、あの夜の真相は?そして、りえが心に隠し持っていた本当の気持ちとは……?