映画『ありきたりな言葉じゃなくて』渡邉崇監督インタビュー<前編>

映画『ありきたりな言葉じゃなくて』
脚本・監督 渡邉崇 インタビュー<前編>
──『ありきたりな言葉じゃなくて』は、共同脚本・原案の栗田(智也)さんの実体験を元にしているそうですね。渡邉監督はドキュメントも撮られているので「事実の力」を感じる場面に出会っている思います。SNSの影響もあり「事実としてこんなことがあった」という威力は、年々強まっている気がします。本作の脚本を書くなかでもそれは感じられましたか?
渡邉 正確には「事実をベースにしている」という言い方が正しいですね。この脚本の制作には二年くらいかかりました。初稿は事実をそのままトレースして書いたところもあって、「ファクトはあるけれど、パッションがない」という脚本だったんです。スクリプトドクターの三宅隆太さんに入ってもらいながら「事実に対して、自分たちがどういうことを描きたいのか?」をカウンセリングして頂くような形で深めていきました。結果として出来た物語に含まれているのは「美人局的な事件があった」ということだけになりました。りえのバックストーリーなどは完全に創作なので「事実を元にして描いた」というよりは、「事実に着想を得つつ題材を借り、僕たちがキャラクターを作って物語を構築していった」というのが大きいと思います。

──登場人物のバックグラウンドは、物語や主人公の拓也が歩んでいく人生に大きく関わってきます。単なる「美人局」では、熱意を持って生き方を描く展開になりづらかったのでしょうか。
渡邉 まさにそういうところで、初稿は上手くいきませんでした。
──拓也は、未熟さだけでなく「周りに助けてくれる人はいてもダメな人」という人物像なのが印象的でした。彼自身は愛嬌がある人ではないですよね。これが愛嬌のある可愛らしい人だったら、人から愛されて、良い話だな…となりそうですが、拓也は絶妙に愛らしくないんです。監督は拓也の人物像をどのように考えられたのでしょうか?
渡邉 たしかに「拓也の周りには、優しい人や助けてくれる人がいて気になる」という反応が結構ありました。僕自身は、脚本や監督をするなかで拓也を見ていて、さほど気にしていなかったんです。ただ、「拓也は作り手として不幸な立場にあるな」とは思っていました。とある編集者が「自分は作家にはなれない。コンプレックスがないのがコンプレックスです」と言っていたのですが、それがすごく分かるなあ、と思ったんです。拓也の周りには優しい人や良い両親がいて、家業もあるから恵まれているけれど、表現の核となる「コンプレックス」がない。彼はそれに気づいて苦労しているんだと思います。だから京子さんが言っていた「脳みそねじ切れる」といった、他人の言葉を自分の発言に使ったりしています。「それっぽい」けれど、やっぱりニセモノなんですよね。環境には恵まれているけれど、拓也自身はそんな環境を、果たして「ありがたい」と受け入れているのかな? という見方を僕はしていました。だから、そんなに羨ましいとは思えず、逆に不幸なのではないか? と感じたくらいです。
──拓也と対照的なのが、町中華を切り盛りする両親やスナックのママのミドリさん、脚本家の先輩・京子さんです。拓也にとって大きな存在だと感じます。今回のテーマと繋げると、この人たちは「他人の気持ちを分かろうとする側」となるでしょうか。
渡邉 そう思います。本当に分かっているのか? と言えば、そこは正解がない部分ですけど、「分かろうとし続けていること」「分かったと思わないこと」が大切だと思います。そういう意味では、拓也は「分かってもいないのに、分かったと思ってしまっている人」ですね。自分の言葉の範疇で他人を決めつけて、分かったつもりになっている。もっと違う言葉があるかもしれないのに、それを探そうとしない。拓也が「狭い人間からスタートしている」というのは正しい見方です。それだけじゃないと気づいて絶妙な距離感で接しているのが、拓也の両親や京子さんたちなんですよ。
──とても大事な存在だと感じます。もうひとつ「創作すること」というのが、気になったテーマです。拓也は「書かなければいけないこと、言葉にしなえれば自分の心が壊れるような経験が俺にはない」と言います。80年代に作家の村上春樹さんが「表現すべきことがない時、人は何を表現すべきか? という命題の答えを佐々木マキさんの漫画を見て感じた気がする」と言っていました。その命題はずっと続いているんですね。創作することについて、渡邉監督ご自身の体験と結びつくところはありましたか?
渡邉 それはめちゃめちゃあります。高校生くらいのときには「映画を作りたいな」と思っていましたから。今、45歳になってオリジナルのフィクション作品をはじめて作ることができました。「俺は何を作りたかったんだろう?」とは、やっぱり思います。「作りたい」という欲求は、作りたいものがあるから生まれるわけではなくて、作りたいものがなくても「作りたい」とは思うんですよね。実は心の中にあるけれど、布で覆われているだけかもしれません。「何かがあることは分かっている。けれど、それが何なのかはまだ分からない」という状況が本当に長かった気がします。
──「何かを作りたい」という気持ちはずっと持っていたんですね。
渡邉 僕自身はテレビのディレクターという仕事をしていたのですが、テレビはそこにある「何か」に布を被せたまま出来る仕事でもあるんですよね。こんな風に言うとテレビ批判のようになりますが…。情報を扱ったり人を扱ったりする番組は、自分に軸を置かずに作ることができるんです。そのなかで小さい達成感が積み上がっていくので、布を被せたことに気づかないまま時間が過ぎていくことがあるんですよね。今回「映画を作る」というプロジェクトにたまたま出会えて、「映画に集中して良いよ」という時間を与えられたことで、ようやく自分に軸を置いた作品づくりが出来たのかもしれません。とはいえ、その「中身」が何だったのか? というのは、自分でもまだ分かっていない部分があります。そんなに大切に抱え続けておくべきものだったのか? まだ分かっていないんです。
──「創作への強い思い」というのも、この作品のテーマだと感じました。「持っているか/持っていないか?」「書きたいか/書きたくないか?」という場面が印象に残っています。
渡邉 おっしゃる通りで、ちょっとした「クリエイター論」みたいなところにも差し掛かっているんですよね。

──私たちが作っている雑誌はクリエイター志望の読者が多いんです。特に「自分の中に描くべきものが眠っているのか?」ということは、本当によく話します。先日も「私には特別な経験がない」という話題が出ました。
渡邉 それは時間が解決することでもあるように思います。若い頃は経験値も少ないので、描きたいことがなくて当たり前かもしれません。今、僕がなぜ45歳で映画が撮れたかというと、「ちりつも」だった可能性があると思うんです。ちりが積もってあふれたから作れた。年齢を重ねていった方が、いろいろなことが描きやすくなっている気もします。だから、時間と経験が貯まることで出来ることがあるかもしれないな、と思います。
──何か特別な経験の有無に気を取られなくても、拓也みたいに「描きたい!」という気持ちを持ち続けていることで、なんとかなるかもしれませんね。
渡邉 今回、小説版(『ありきたりな言葉じゃなくて』幻冬舎 刊)も書き下ろしたのですが、やっと実感が持てました。これまで何度も小説を書こうとましたが、書けた試しがなかったんです。それが書けてしまった…。誰しもが、すごい経験を持っているわけではないですし、ある程度は時間や経験で解決してくれる。だからこそ辞めないことが大切じゃないかと思います。
──拓也が新しい企画書に向かう場面が終盤にありましたね。
渡邉 「時間が解決する」というのは、一番つまらなく聞こえるかもしれませんが、意外とあり得ると思います。若くして「すごい才能だ!」というのはカッコ良いけれど、そういう人はすごく稀ですから。
──確かにそうですね。絵を描く人にも響くお話だと思います。後編では、拓也の前に現れるりえについても迫りたいと思います。
インタビュー後編はこちらから
※後編のインタビューには物語の核心や結末に触れる内容がございます。未鑑賞の方はご注意ください。

プロフィール
渡邉崇(わたなべ・たかし)
テレビ朝日「ワイド!スクランブル」のディレクターや、TVドラマ『レンタルなんもしない人』(2020・プロデューサー)を務める。ドキュメンタリー映画『LE CHOCOLAT DE H』(2019)では監督を務めた。オリジナル長編映画の監督は今作が初となる。
『ありきたりな言葉じゃなくて』
2024年12月20日(金)全国公開
脚本・監督:渡邉崇
主演:前原滉、小西桜子、内田慈、奥野瑛太、小川菜摘、那須佐代子、山下容莉枝、酒向芳、池田良
原案・脚本:栗田智也
制作プロダクション:テレビ朝日映像
配給:ラビットハウス
宣伝:ブラウニー
https://arikitarinakotobajyanakute.com
公式X@vivia_movie
© 2024テレビ朝日映像
STORY
“彼女”との“出会い”をきっかけに、“彼”は全ての信頼を失った……。
実際の体験を基に創り上げた、“痛切な青春”物語。
32歳の藤田拓也(前原滉)は中華料理店を営む両親と暮らしながら、テレビの構成作家として働いている。念願のドラマ脚本家への道を探るなか、売れっ子脚本家・伊東京子(内田慈)の後押しを受け、ついにデビューが決定する。
夢を掴み、浮かれた気持ちでキャバクラを訪れた拓也は、そこで出会った“りえ”(小西桜子)と意気投合。ある晩、りえと遊んで泥酔した拓也が、翌朝目を覚ますと、そこはホテルのベッドの上。記憶がない拓也は、りえの姿が見当たらないことに焦って何度も連絡を取ろうとするが、なぜか繋がらない。
数日後、ようやくりえからメッセージが届き、待ち合わせ場所へと向かう。するとそこには、りえの”彼氏”だという男・猪山衛(奥野瑛太)が待っていた。強引にりえを襲ったという疑いをかけられ、高額の示談金を要求された拓也は困惑するが、脚本家デビューを控えてスキャンダルを恐れるあまり、要求を受け入れてしまう。
やがて、事態はテレビ局にも発覚し、拓也は脚本の担当から外されてしまう。京子や家族からの信頼も失い、絶望する拓也の前に、りえが再び姿を現す。果たして、あの夜の真相は?そして、りえが心に隠し持っていた本当の気持ちとは……?