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いま、スケートを超えて――新境地『Run Boy Run』を初披露した、田中刑事緊急インタビュー!

対談・インタビュー

4月に引退発表をした、フィギュアスケーターの田中刑事さん。プロスケーターとなった、1年目の最後を飾るプログラムとして、編曲や振り付け、演出、衣装デザインの細部にまでこだわり抜いた『Run Boy Run』を、アイスショー「フレンズ・オン・アイス」(8月26日~28日開催)で初披露されました。
何にも縛られず、セオリーを軽々と飛び越えて、スケート界に新風を吹き込み、ますます存在感が増す田中さんに、作品作りの過程などをお聞きしながら、『Run Boy Run』の魅力に迫ります!!
 
(インタビュー:2022年9月3日)

観客をざわつかせた衝撃の新作、解禁!

―― 撮影のために入った、「フレンズ・オン・アイス」のゲネプロ(本番さながらの通し稽古)で、『Run Boy Run』を最初に拝見したときには、冒頭から鼓動がたかぶりました。これは何かが違うと。
ご自身の中で、「これはいける」と思われたのはいつだったんでしょうか。

田中 ゲネプロです(笑) それまではバラバラの断片だったものが、そのとき初めて、自分の中で全体を通して見えたというか。

―― ぎりぎりですね。

田中 本当に、ぎりぎりいけました(笑)

―― 衝撃的な初披露でしたね。
ゲネプロの第一部が終わったときに、カメラマンさんと、「このプログラム、ヤバいですね。ヤバいとしか言いようがない」とざわついていたら、あとでTwitterを見たら、同じく「ヤバい」とつぶやいてる方がたくさんいて……(笑)

闇を彷徨う冒頭。
影を落とす描写から始まることで、
物語に奥行が生まれる。
撮影/鮫島亜希子(田中刑事写真集公式Twitterより)


―― マントのフードを目深にかぶった冒頭から、黒い衣装、白いシャツと、衣装を脱いでいくアイデアも面白いし、けして単純ではない、情報量のある内容をこれだけ軽やかに、シンプルにまで削ぎ落とすには、かなり時間をかけて構想されたのでは?

田中 そうですね。5月中旬くらいから考え始めたので、3か月あまりですね。
その間に、音源だったり曲探しをしたり、結構大変でした。振り付けの先生も、僕もお互いに仕事もありましたし……。

―― 田中さんは、4月にプロになられてから、アイスショー「ファンタジー・オン・アイス」で、歌手の生歌とコラボした『Progress』、『スターランド』、ご自身の新プログラム『ある日どこかで』、アイスショー「プリンス・アイス・ワールド」では『ショパンの夜に』と、他に4曲もありましたしね。

田中 いや、もう、それらを含め、自分の練習時間内でやるしかないです。

―― コーチ業をやりながら、夜に練習ですか?

田中 あとは、リンクの一般営業時間に振り付けをしたりしました。

―― 一般営業時間で、振り付けを!?

田中 そうですね。イヤホンをつけて。

―― よくできましたね(笑)

本当にやりたかったものはここにある。

―― 『Run Boy Run』が生み出された経緯を教えてください。

田中 「フレンズ・オン・アイス」の出場が決まって、まず座長の荒川静香さんに、どういう演技をしたらいいか相談しました。

―― 荒川さんは何とおっしゃいましたか。

田中 年齢は若いほうだから、できるだけ動いてね、と。8月最後、夏休みの最後のショーだから、来られるお客さんの気分に合うものをとも。ショーの方向性や僕に望まれている役割をざっくりと聞いてから作り出しました。
あとは自分のやりたい方向性を考えつつ、6月上旬にあった「ファンタジー・オン・アイス 名古屋」の時点で、今回振り付けをお願いした笹原景一朗先生に連絡して、そういったことを伝えて、構成を練り始めました。

―― 田中さんのほうから、笹原さんにお声がけした感じですか。

田中 そうですね。現役のときに一緒に試合に出ていましたし、いま、振り付けの先生としてやっている姿も見ていました。
演出や照明などを大きく取り入れた、演技の振り付けをされたことがないのもあって、斬新なアイデアが出てくるだろうと思いました。新しいものをどんどん取り入れていこうって感覚ですね。

―― 自分のイメージするものを作ってもらえそうだなと。

田中 それもあるんですけど。ちょうど僕も、こう一緒にディスカッションしながら、自分の思ったもの、自分で考えたアイデアだったり発想を取り入れつつ作ってみたい気持ちがあったので、話し合って一緒に作り上げたいっていう希望を本人に伝えて、了解してくれた感じですね。

―― 笹原さんとは同世代なので、やりやすいというのもありますよね。

田中 ですね。振り付けをしていただいて、そこからもう一段階、アイデアだったり、振り付けの演出を一緒に話し合って、というのを、やってみたかったんですね。

フランスの先鋭的な映像ディレクター、
ヨアン・ルモワンヌ(音楽家としての名前はWoodkid)の、
スタイリッシュでクールな音楽を用いた。
Run Boy Run
https://www.youtube.com/watch?v=v5yMoIuLYhY


―― 曲ありきだったんですか。それともテーマに合う曲を探されたのでしょうか?

田中 両方、同時進行って感じです。
ざっくりとしたイメージから始めて、いろいろ候補はあったんですけど、考えていたテーマにはまりそうなのが、Woodkidの曲だった。でも、ただ単に普通のボーカル曲としては使いたくなくて。
そこから音源の編集に入って、音源に関してはかなりこだわって、ああでもない、こうでもないって練っていった感じです。
あとはアイスショーの演出家、薄田隆哉さんにも曲の音源を聞いてもらって、アドバイスをいただいたりとか。二人で作りはしたんですけど、他の先輩方にも聞きつつ……。
結局、Woodkidの『Iron』、『Run Boy Run』、『The Great Escape』、『I Love You』と、4曲編集で入れました。

―― 具体的にはどういった方法で、二人で考えていったのでしょうか。

田中 笹原先生に、まずざっくりとコンセプトを考えていただいて、「ファンタジー・オン・アイス」で他の先輩プロスケーターの演技を見てもらいました。
それを、どんな感じでやろうかっていうのを、打合せだけでも……そうだな、数回は重ねたと思います。
​​​​​最初、「この曲で、マントをはおりたいよね」から始まって、「じゃあ、このマントに意味を持たせたほうがいいね」って、後付けでどんどん意味をつけていきました。振り付けも、笹原先生に西宮に何度も来てもらって、時間をかけて二人で考えました。後付けでつけた意味も違和感なく、すんなり自分の中でも埋まっていった。どんどん、しっくりしていったって感じですね。

―― マントをはおりたかったのはなぜですか。

田中 それは笹原先生の意向です。(コンセプト的にも)最初から袖なしで、がつがつしてたら変だなって(笑)
「じゃあ、顏隠して滑るか」ってことになり、1曲目の『Iron』は曲的にも暗い感じなので、迷いや不安から始まる、そういうスタートにしたかった。

作品の背景を深める、神話的な世界観の『Iron』。
Iron
https://www.youtube.com/watch?v=wOGpmQa5QCE


心の軌跡を辿ることで、見たこともない物語×スケートを生み出す。

―― 迷いや不安とは、どういったイメージをしているのでしょうか。

田中 いや、そこは設定していないです。誰にでもある不安や迷いを意識した感じですね。見てくれる方のでもいいし、僕が勝手に思ってることでもいいし……。

―― 生きる上での不安や迷い?

田中 そういうことです。それをフード付きのコートの意味付けにしてって感じですね。最初は不安をはおっているけど、まずは、それを捨てる。

―― コートの下に着ていた、黒い衣装のラメのような生地が印象的でした。

田中 ちょっと凸凹のある皺の入った感じの生地ですね。なんの生地か、名前はちょっとわからないですけど。

―― 黒い衣装の、折りたたまれた黒い翼のような形は何をイメージして?

田中 なんとなくカッコいいなぁって、自分でデザインを描いたんです。あとは、その下に着ている白いシャツを隠さなきゃいけなかったので、隠れるような形で作ってもらったんです。

身のこなしの一つ一つが洗練されて美しい。
撮影/鮫島亜希子(田中刑事写真集公式Twitterより)


―― 黒い衣装に入っている白い線や白いシャツの草は、ご自分で描かれたそうですね。

田中 絵筆を使ったのは小学生以来です。もう、ぶっつけでやっちゃいました(笑)
白いシャツの草の絵は、子供がやりそうな、走って遊ぶようなイメージで、森とか草原を裸足で駆け進んでいく、その森や草原をイメージしての緑です。

描きたての、絵具を乾かしているところ。
大胆に斜めにカットされたシャツが刺激的だ。 
写真提供/田中刑事


―― ノースリーブ、ハイネックにされた理由は?

田中 ノースリーブに関しては脱ぎやすいっていう(笑) ハイネックはやったことのない形だから、ありなのかなって感じですね。

―― 斬新な衣装ですけれど、どなたがお作りになったんですか。

田中 いつも衣装を頼んでいる方です。僕の考えついたものをそのまま具現化してもらったって感じです。

―― 黒い衣装に走る、白い線の意味はなんでしょうか。

田中 “傷”の象徴として。

―― 傷痕?

田中 何事も進んでいくにあたって、きれいなままでは絶対進めないんで。2曲目は傷だらけになる。そういうイメージです。

―― 最初のコート(=不安や迷い)はバサッと捨てるけど、黒い衣装を脱ぐときは、鳥の囀りや、川のせせらぎの音の中で、そっと氷上に置きましたが、この差はなんでしょうか。

田中 そうですね。大事なものとして。

―― 良き時も悪しき時も。

田中 そうです。

―― そういえば、暗い曲の中で、突然『The Great Escape』が挿入されて、音楽が甘く、感傷的になるところもありましたしね。

甘やかに響く、『The Great Escape』のイントロを
挿入することで抑揚ができ、明暗が生まれる。
The Great Escape
https://www.youtube.com/watch?v=ntd7mZjrx3Q


田中 あそこは繋ぎで入れたら、いい感じになりましたね。
また着ることもあると思うけど、大事なものとして、黒い衣装をいったん置いておこう。いったん置いて、小さいころの夢だったり、昔のやりたかったものをもう一度思い出し直したいと。

―― 初心に帰る?

田中 そんな感じ、はい。
「初心に帰る」というテーマは、今回のプログラムで、最初から僕の中にあったものです。
プロスケーターとして滑っているからこその不安とか、そういう迷いがいろいろあって、でも昔のことを、子供のころの夢を、昔の夢ややりたかったことを思い出すというのを、最後に持ってこようって。

夢見たものを、無垢な子供のころを思い出す、
最後のシークエンス。
『I Love You』に乗せて、のびやかに飛翔する。
撮影/鮫島亜希子
田中刑事写真集公式Twitterより)


邪心のない、子供のころの純粋な目を呼び覚まされて。

―― 不思議ですね。この『Run Boy Run』こそが、邪心のない子供時代に戻るというか、大好きなアニメやマンガの続きを心待ちにしていた、「純粋に面白い」と感じさせられた、ウズウズしていた心を呼び覚ましてくれます。
アニメ『Tanaka Keiji』の続きが気になってたまらないとでもいうのでしょうか(笑) 作品のテーマと、その制作の過程と、田中さんの人生観と、見る者のイメージのすべてが重なり合い、共鳴するから、強烈に惹きこまれるのだろうと。
こういった演出について、日頃どういった勉強をしているんですか。

田中 いや、特にしてないです。
ただ、それなりにアイスショーに出ているので、いろんなショーを見てきて、良かったものを取り入れたり……経験の積み重ねですね。
だから、そんなにすごく尖った演出はないと思うんですけど。いままでにありそうだった演出を、やってみたかったものをやったって感じですね。

―― ところが、まとめて仕上がると、他と乖離し過ぎない絶妙なバランスで、田中さんの全く異なる個性が冴え冴えと光る。
そもそもスケートで物語、しかも、自分の人生観のイメージを物語として伝えるというのはあまりない気がします。

田中 でも「ファンタジー・オン・アイス」のコラボ『Progress』が、それに近かったので。

―― そこも取り入れたと。

田中 そうですね。さらにそこに起承転結を作ってみたい。それをしっかり4分でまとめるというのを、やってみたかったんです。

Where are you?(少年よ、君はどこにいるの?)
照り映えるライトの下、満ち足りた貌のラストでは、
心地よいナンバー『I Love You』が流れる。
I Love You
https://www.youtube.com/watch?v=KQu8FOjJXdI


―― ライトの演出も自分たちで考えられたとか? 冒頭、赤い線が扇状に広がる場面が印象的でした。

田中 あそこは、もう派手にしてくださいと(笑)
笹原先生のアイデアで、照明が入るタイミングや消すタイミング。最後は緑っぽくやってほしいとか、できる範囲でよいのでとご提案をしたら、その通りにやってくださった感じですね。

―― 私の周辺では、「JOJOとエヴァとショパンを融合させた」という感想もあって(笑) 『Run Boy Run』はスケート界以外の人が見ても伝わる、普遍的な面白さや魅力があると思います。

田中 そういう意図はなかったんですけどね(笑) 滲み出てしまいましたかね……。
 
インタビュアー:田中刑事写真集公式

田中刑事さんの語る『Run Boy Run』を
さらに知りたい方は、
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田中刑事写真集Copyright 田中刑事写真集公式