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アメリカのアニメ作家ジョアンナ・プリーストリー インタビュー

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14年8月に催された第15回広島国際アニメーション・フェスティバルでは、国際審査員の構成に新しさがあった。男性3名、女性3名の男女同数が審査することになったのだが、これは広島大会では(たぶん他の国でも)初めてのことだった。こうした大会では審査員の数を偶数ではなく奇数にして、票決のときに票が割れるのを防ぐのがふつうだが、今回は偶数になった。しかし考えてみれば、私も審査員を勤めて12年の第14回大会では、予定された審査員のひとり(女性)が、直前の骨折事故で来日出来なくなり、5人の予定が4人で審査するほかなかったが、偶数だからといって結果的には問題はなかった。それを思うと、今年は男女3人ずつの審査員というのはすばらしい。そして3人の女性審査員のひとりが、アメリカのジョアンナ・プリーストリー(Joanna Priestley)で、彼女は1985年の第1回広島大会で「声たち」(Voices)という作品を発表、強い印象を残している。29年ぶりに広島を訪れた彼女に、大会最終日の8月24日にインタビューした。

 

1. ノーマン・マクラレンの影響

 

小野 1985年の最初の広島アニメフェスで上映されたあなたの「声たち」(85)という短編は、いまでも印象に残っています。女性の顔がその感情に合わせて変形していくのが新鮮でしたね。

ジョアンナ あれは私自身の顔の実写映像をトレスして描くロートスコープ技法で、女性の頭が変化していくアニメです。私はクモがこわくて、クモを見て悲鳴をあげますが、その女性の語りの声も私自身で演じています。私がカルアーツ(カリフォルニア芸術大学)在学中に作ったものです。

小野 アニメの世界に初めて触れたのは?

ジョアンナ 私はオレゴン州のポートランド生まれ。つまりカウボーイや先住民で知られる土地で育ったの。「オレゴン・トレイル」の土地なのよ。

小野 知ってますよ。フランシス・パークマンによる「オレゴン・トレイル」という西部開拓時代の有名な記録文学は、私は高校時代だと思いますが、エヴリマンズ・ライブラリーのハードカバー版を、洋書のバーゲンセールで買いました。私のとても好きな本ですよ(笑)。

ジョアンナ それで私が5歳のとき、親がゾートロープのオモチャを買ってくれて、円筒のなかを動くイメージに親しんだ。それが最初のアニメ体験ね。でも、私が人生で初めてアニメーション映画を見たのは、ワーナー・アニメの短編「ダフィ・ダック」のシリーズだった。その頃は、ウォルト・ディズニーとワーナーと、2種類の短編アニメが人気を呼んでいたけど、私はダフィ・ダックのキャラクターがいまでも大好きよ。あれほど豊かで深い完ぺきなアニメのキャラクターってないわよ。

小野 ワーナーの短編アニメでは、テックス・エイヴリーの一連のクレイジーな作品がありますね。

ジョアンナ テックス・エイヴリーはすばらしいわ。彼の〈赤頭巾ちゃん〉の連作は大好きよ。セクシーで。でもそれは後のことで、子どもの頃は(おとな向きのエイヴリー作品は)見ていなかった。ダフィ・ダックとは、まったく違う別の世界よ。

小野 子どもの頃に、アニメーターになろうと思いましたか。

ジョアンナ 画家か版画家になりたいと思っていたけれど、14、5歳の高校生のとき街の大きな図書館で、カナダのアニメ作家ノーマン・マクラレンの短編を初めて見た。図書館には彼の作品が12本あって、アニメはいろいろな方法で作れるのだと知り、大きな影響を受けたわ。とりわけマクラレンの「線と色の即興詩」(55) や「水平線・垂直線」「隣人」(52)が衝撃的だった。それで私は、ロングアイランドのアートスクールで学んだ。私の最初のアニメ作品は、1983年の「ラバースタンプ・フィルム」で、ゴム印を使った作品よ。ゴム印のコレクターがいて、いろいろな種類があっておもしろい。ゴム印には著作権がないし(笑)。

小野 ゴム印のほか、ご自身の独得のアニメ技法がありますか。

ジョアンナ 小型のインデックスカード(文房具屋で売っている索引カード)を、私なりに切ってもらうことがあります。これまでに8000枚のカードを買おうと思ったことがあります。でも実際に買ったのは80枚で、それにアニメのキャラクターを描いて切り抜いて動かしたのが「シーボップ」(88)という短編です。これはインドの破壊と創造の神であるカーリー神が主人公でキャラクターにはインデックスカードの線がそのまま残っています。私の用いている方法はとても珍しく、独自のものだと思います。いくらでも違った手法があることと、多くの器材を必要としないでも作れるのがアニメの楽しさです。ノーマン・マクラレンから、いろいろな手作りアニメの手法を学びました。

 

 

『声たち』(85)より

 

『声たち』(85)より

 

 

2. 冥王星(プルートー)はかわいそうだわ

 

小野 あなたの作品では「プロ・アンド・コン」(93)という短編が異色ですね。刑務所の囚人と、看守の女性にインタビューして、本人の姿にその声をかぶせてアニメにしている。ふたりの姿はロートスコープ技法で描いていますね。

ジョアンナ そうです。終身刑となってオレゴン州の刑務所にはいった囚人に取材しましたが、いろいろ問題があって、このアニメでは囚人のことばを俳優にしゃべってもらいました。女性看守の声は、本人のものです。彼女はアフリカ系アメリカ人の女性で、私が取材していた4年のあいだに2度昇進し、最後には刑務所全体を取りしきる立場になりました。アフリカ系の人がそうなるのは、まったく異例のことなんです。彼女は、ただの看守であった頃は、刑務所のシステムに批判的なことをずいぶんしゃべっていましたが、責任者の立場になってからは、すべてについて慎重に話すように変わってきました。そういう地位になったからです。アニメには彼女への最後のインタビューのことばを使っています。

小野 それでもこのアニメは、刑務所管理官の彼女の孤独な生活がよく伝わってきます。それに受刑者から没収した武器や、囚人の自画像なども出てきて、内容が深いですね。こうしたテーマがアニメになるとは──と、驚きました。

ジョアンナ 刑務所の責任者になったその女性管理官は、とても若いうちに亡くなりました。なにが起きたか知らないのですが、15年ほど前のことです。刑務所管理官というのもふつうの仕事ですよ。

小野 私はあなたの「デア・プルートー」(11)という短編も好きです。太陽系の観測が進み、冥王星が正式の惑星から準惑星に格下げされてしまいましたが、冥王星が好きだった人たちは(日本のマンガ家・松本零士さんなど)、みながっかりしたものです(笑)。

ジョアンナ 冥王星は、かわいそうだったわ(笑)。でも、いま太陽系は、新しい天体が発見されて増えていっているわね。突然、太陽系が拡大されてきたのよ。これは冥王星に対するオマージュで、愛着と敬意をこめた詩を用いているの。

小野 天文少年として育った私としては、このアニメは、デザイン的にもにぎやかに工夫されていて、楽しいですね。

ジョアンナ でもこのアニメは技術的に私には難しかった。このとき3Dアニメについて勉強しようと思って、マヤというソフトを使ったけど、ふたりのインターン生を雇って助けてもらったり、多くの専門用語を習った。コンピュータを使うのとインデックス・カードの手法とは、まったく別の世界。この作品は、私の転換期で、その後、私はアブストラクトな図像に興味をもつようになったのよ。

小野 その後の作品では「DEWライン」(05)が、まずそのタイトルで私の興味をひきました。DEW(デュー)ラインというのは、1950~60年のアメリカとロシアの冷戦時代に、アメリカが作った遠隔防衛警戒線という北緯70度アラスカのレーダー網のことですね。私にはなじみがある用語です。

ジョアンナ あら、どうして知ってるの?

小野 私は大学1年のときの英語の授業でレポートを出すとき、アメリカの年鑑などを参考にして「北極圏におけるアメリカとロシアの対立」というテーマで書いたので、この件には思い出があります(笑)。

ジョアンナ このレーダー・システムはカナダのヴァンクーヴァーやオレゴン州のテンドラという寒村にもつながっているの。それでレーダー基地のあった場所に飛行機で降りてみたら、すべてが1950年代に設置されたまま放置されていた。不要になっても取り壊すのに費用がかかるから、そのまま廃墟になってる。すごい光景よ。環境は破壊されたまま。ガラクタもゴミもそのままの状態、とても異様な風景なのよ。

小野 その状況を、あなたはさまざまな色のパターンによる抽象的なタペストリーを用いて、生態系の生と死やサイクルを描いた作品にしたてたのですね。それにタイトルはマウンテン・デューというアメリカのコーラのような飲みもの、つまり山の清水を思わせもする…。

ジョアンナ あら、なぜそんなこと知ってるの(笑)。

小野 清涼飲料水のマウンテン・デューは日本でも売っていますよ。そして、「アイライナー」(11)という作品も、女性の目の化粧のしかたから、ひとつの新しい世界を示している。

ジョアンナ おとといのピクニックで、日本の筆の工房に行ったのよ。お面がたくさん並んでいて、筆の職人がいる。彼は、その同じお面に、筆で目を描いて見せるんだけど、ほんの少しの筆づかいの差で、同じお面がそれぞれまったく別の表情になるの。ワオ。すごいわ。感動したわ。女性のアイラインもそう。顔の表情がちょっとしたやりかたで、まったく違うものになる。この作品と「スピリット・エンズ」(13)と最新作の「ボトルネック」(14)は、抽象的なパターンをコンピュータで描いて作った私の新しい3部作なの。

 

 

『プロ・アンド・コン』(93)より

 

『デア・プルートー』(11)より

 

『DEWライン』(05)より

 

 

3. 「ブレード・ランナー」はすばらしい

 

小野 アニメのほかに、コミックスはお好きですか。

ジョアンナ 好きよ。ドナルド・ダックのコミックブックに出てくるアンクル・スクルージというキャラクターが大好きだった。

小野 あれはディズニーではなく、カール・バークスというマンガ家が創ったキャラクターで、私はその作者に会ったことがあります。

ジョアンナ まあ! 私は6、7、8、9歳ごろに読んだコミックブックのぼう大なコレクションを持ってるのよ。ダニエル・クローズ(映画化されたグラフィック・ノヴェル『ゴーストワールド』などの作者)の原画も持ってるわ。大好き。

小野 すごい。それは新しいオルタナティヴ・コミックスの作者ですね。「ブラック・ホール」の作者チャールズ・ジョーンズは?

ジョアンナ 私が2番目に好きなアーティストよ。SF映画ではリドリー・スコットの「ブレード・ランナー」が大好きよ。

小野 最近のSF映画では、新しい「猿の惑星」がとてもいい。

ジョアンナ 私の夫が「猿の惑星」の大ファンなの。彼は映画史やSF、コミックス、グラフィック・ノヴェルの大ファンだから、きっとあなたと気が合うわね。夫のポール・ハロッド(Paul Hahrod)は、アニメの演出とプロダクション・デザイナーの仕事をしている。

小野 アメリカのインデペンデントアニメーターで、ニューヨークに住むビル・プリンプトン(Bill Plympton)という人に広島でインタビューしたことがある。マンガ家の彼はアニメ作家に転向して、すばらしいブラック・ユーモアの長・短編アニメを作ってきたけど、新しい作品ほどいい。日本には紹介されていないけど、私はいつも香港国際映画祭で新作を見ています。ごぞんじですか?

ジョアンナ よく知ってるわ。彼の新作にアドルフ・ヒトラーの朝食をテーマにしたアニメがあって、どんどん良くなっている。彼は結婚して子どもが生まれたのよ。

 

 

『アイライナー』(11)より

 

『スピリット・エンズ』(13)より

 

『ボトルネック』(14)より

 

ジョアンナ・プリーストリーとの話は尽きない。彼女は自分の世界を描いたカリグラフィを私に描いてくれた。また彼女は、アイフォン・アプリケーションの動画も手がけていて、その絵のカードをくれたので、ここに紹介しておく。「今度は夫とともにまた日本に来たい」と彼女は言った。

 

 

iphoneアプリ『clam bake』のイラスト

 


 

 

直筆の絵とカリグラフィ

 

プリーストリー氏近影