雑誌「季刊エス」に掲載中の宮台真司による連載記事「性愛に踏み出せない女の子のために」。2022年9月15日発売号で第7回をむかえますが、WEB版の発表もおこなっていきます。社会が良くなっても、性的に幸せになれるわけではない。「性愛の享楽は社会の正義と両立しない」。これはどういうことだろうか？　セックスによって、人は自分をコントロールできない「ゆだね」の状態に入っていく。二人でそれを体験すれば、繭に包まれたような変性意識状態になる。そのときに性愛がもたらす、めまいのような体験。日常が私たちの「仮の姿」に過ぎないことを教え、私たちを社会の外に連れ出す。恋愛の不全が語られる現代において、決して逃してはならない性愛の幸せとは？
第７回WEB版は、前編、中編、後編にわけて、「世界を深く体験すること」「愛と奇跡の感覚」「絶対性へ」についての話題です。

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過去の記事掲載号の紹介　

季刊エス79号に第７回が掲載　https://amzn.to/3Dzp9Mr
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宮台真司（みやだい・しんじ）
社会学者、映画批評家。東京都立大学教授。90年代には女子高生の援助交際の実態を取り上げてメディアでも話題となった。政治からサブカルチャーまで幅広く論じて多数の著作を刊行。性愛についての指摘も鋭く、その著作には『中学生からの愛の授業』『「絶望の時代」の希望の恋愛学』『どうすれば愛しあえるの―幸せな性愛のヒント』（二村ヒトシとの共著）などがある。近著に、『崩壊を加速させよ 「社会」が沈んで「世界」が浮上する』。

聞き手
イラストを描く20代半ばの女性。二次元は好きだが、現実の人間は汚いと感じており、性愛に積極的に踏み出せずにいる。前向きに変われるようにその道筋を模索中。

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後編
内在系の大人と超越系の子供

──宮台さんは、私たちにいろいろな記事やトーク内容をシェアしてくださいますが、最近で面白かったのは惑星学者の松井孝典さんとのお話です。「なぜ私たちは宇宙人と出会わないのか？」と問えば、「それは文明が存在できる期間が短すぎるから、出会う前に相手の文明が滅びているからだ。文明は何回も滅びていく。ただその繰り返しのなかで、宇宙は、いつか発生する『永続的に続く文明』を探しているのかもしれない」という話題。

宮台　存在論ontologyイコール「世界はそもそもどうなっているのか」です。存在論には超越がつきものですが、超越transcendenceイコール「世界の外はどうなっているのか」あるいは「なぜ世界はあるのか」です。あなたは存在論と超越に関心を寄せる「超越系」です。

人間には「内在系」の人と「超越系」の人がいます。自分を保てる相対的「快楽」に甘んじる人が内在系。自分が消える絶対的「享楽」の探求に向かう人が超越系。あなたが存在論と超越に興味を持つ超越系であれば、性愛でも快楽ならぬ享楽を求める傾きがあります｡

ちなみに内在系の人は「御利益祈願系」の宗教に関心を持ちやすく、超越系の人は「意味追求系」の宗教に関心を持ちやすい。宗教とは、個人や共同体を襲う理不尽や不条理を、無害化して受け容れ可能にする機能を持つ、意味論（概念と命題の複合）的な装置です。

この連載は宗教が主題ではないけれど、クリスチャンである僕はいつも「神に見られている」と感じます。内在系の人は、善行に報いて欲しいと神に頼みます。超越系の人は、神に見られることで力を得て、普通の人が諦めるところでもう少し先に行ってみようと思います。

カトリックの祈りを二つに圧縮すると「私が皆を裏切らぬよう見ていてください」と「私はあなたのもの」。前者は「私はヘタレですが、あなたが見てくれれば皆のために頑張れる」の意です。後者は「私は不完全なので、間違えたら地獄に落としてほしい」の意です。

カトリック教会の顕教（一般向けのメッセージ）は「善いことをなせば救われる」ですが､密教（聖職者向けのメッセージ）は「善いことをした私を救え」という神強制（ウェーバー）を否定し、神に見られていれば奇蹟の力が湧くことを以て、救いであると見做します。

中世カトリックの道徳主義＝神強制は、1962年の第２バチカン公会議で明確に否定されましたが、神の言葉の代理人である教会が間違い得るとなれば権威（「教会が言うのだから受け容れよう」と思わせる力）を失うので、一般には伝えず、問われれば肯んじる形です。

このカトリック信仰の真の教え（密教）は超越系です。内在系の人は「安全・便利・快適に生きたいので、善行するから助けてください」と祈り、超越系の人は「自分が救われるために善行したいのではなく、端的に善行したいので、力を与えてください」と祈ります。

カトリックとは普遍の意だから、超越系の僕は、性愛においても同じことを祈ります。内在系の人は、性愛を安全・便利・快適なルーティンの内側で捉えます。それはそれで好きにすれば良い。超越系の人は、恋愛史の本義に従い、究極の合一が与える享楽を望みます。

「12世紀ルネサンス」による世俗化で、エロス（人の愛）にアガペ（神の愛）が重ね焼きされたのが「受苦としての情熱愛＝恋愛」。「下級騎士の不完全な私」が「神の如く完全な貴婦人」を「私にとってあなたは世界の全て」と崇めた。誌面版で記した恋愛史です。

むろん好きに生きればいい。でも、恋愛史が樹立した、〈唯一性の規範〉（あなたは世界の全て）と〈贈与の規範〉（相手が喜ぶなら何でもする）からなる「受苦としての情熱愛」が、魅力的なので、19世紀から全世界に「受苦としての情熱愛」の意味論が拡がった。

この意味論は超越系ですが、そうした恋愛をしたいと思うのなら、それなりのやり方があるよというのが、この連載で伝えたいことです。それを魅力的だと感じる超越系の人々が、12世紀から今日まで「受苦としての情熱愛」を語り継いで来た事実を銘記してください。

｢超越的存在に見られる」という感覚があるのは凄く良いことだと思います。第一に、至高化された恋人が自分を見てくれているという感覚は力を与える。第二に、そう思い合う二人を神または宇宙が見てくれているという感覚も力を与える。それで人は利己を脱します。

｢神または宇宙」と言いました。｢見る神」の表象はアニミズムが起源です。アニミズムは「万物が見る」と捉える感覚です。90年代半ばまで、若い人はよく青姦をしました。エス編集部がある渋谷でも、非常階段や屋上で出来ました。そんな当時の経験をお話しします。

公園でする時には「樹が見ているよ」と、屋上でする時には「避雷針が見ているよ」と語りかけることで、多くの女の人が恥ずかしがりました。｢見る存在は人だけではない」ことがそうした現場でも分かるのです。そうした体験の究極が「森でのセックス」なのですね。

若い人がそうした豊かさを知らないのは惜しい。そんな今も若い人にはあなたのような超越系の人が数多くいるはず。そんな方々には「万物に見られる」中での「究極の合一」を目指して欲しい。性愛がレクリエーションを超えて日常を変える営みなのを実感できます。

──子供にはそういう感覚がありますね。その超越系というのは、「社会の外とつながる感覚がある」と思うことにも通じているんですか？

宮台　はい。内在系は、言葉・法・損得の界隈たる社会の内で幸せになれる人。超越系は、そう思えないから言葉・法・損得の界隈の外に出たがる人。そんな社会の外には、見る万物の時空・祝祭の時空・性愛の時空がある。性愛の時空を除けば、まさに子供の時空です。

見る万物の時空・祝祭の時空・性愛の時空では「語る言葉（記述・散文言語)｣は通じず、｢する言葉（遂行・詩的言語)｣だけが通じます。そこには社会内と違って言葉で名状し難いものが現れるからです。カテゴリーの向こう側にあるいわば「存在」が現れて来るのです。

存在が現れて初めて、社会に収まらない「存在するものの総体」である世界に接触します。そこから「世界はそもそもどうなっているか」という存在論や、｢なぜ世界はあるのか」という超越の問いに進めます。｢社会の外につながる」とはそのような営みの全体なのです。

整理します。社会の外には、万物の時空・祝祭の時空・性愛の時空があります。平時の人と人との関係に限れば、それは社会の時空と性愛の時空に直和分割（二分）されます。その意味で、性愛の時空は、社会の時空と世界の時空をつなぐ「恩寵の扉」だと言えるのです。

 

愛と奇跡の感覚

──そこと性愛がつながるということが、この連載でお話してもらうことですよね。私はセックスを通して自分が気持ち良いことを知って欲しいし、相手の気持ち良いことも知りたいと思っています。

宮台　それは入口です。性愛体験は「なぜこんなに愛せるのか｣｢なぜこんなに一つになれるのか｣｢なぜこんなに飛べるのか」を通じて、｢この恐ろしいほどの享楽がなぜ世界にあるのか｣｢なぜそんな世界を神は作ったのか」という「奇蹟の感覚」に僕らを近づかせます。

敢えて言えば、それが「愛の目的」だと思います。むろん「愛」自体が最終目的だと語って良いのですが、強いて愛の外側に「愛のそのまた目的」があるとすれば、｢奇蹟の感覚」に開かれることだと思います。性愛はそうした最終目的に向かうための通路の一つです。

──なるほど…、普通の性体験では理解出来ないような凄いところです。

宮台　あなたが30歳で凄い人に出会い、自ら制御できない「受苦としての情熱愛」に落ちたとする。必ず思うのは「なぜこの人が存在するような世界があるのか｣｢この人が存在しなかったら世界はどんなにつまらないだろう」ということです。スピノザ的感覚と言います。

その感覚は世界への畏敬の念に通じます。この人の存在は奇蹟だ。自分は何十年も生きながら彼の存在を知らなかった。知れて良かった。知れたのは千の偶然と万の偶然の重なりのおかげだ。そんな偶然をくれた世界は何とありがたいだろう。まさに有り難きことだ…と。

──そういうことが描かれている物語がありますね。読むととても感動します。

宮台　そう。昔から知られています。ならば言います。偶然の交叉は「降ってくる」ものですが、降ってくるように「引き寄せる」営みも種々あり得ます。普段から本を読み映画を観て深く考えていることが、つまり文化系ないしオタク系的であることが、その一つです。

それは「自分がものを考えない人間だったら、どんな性愛の遍歴を送ったか」を思えば余りにも明白です。超越に通じる奇蹟の感覚は、普段から数多のことを深く考える人にしか訪れません。その意味では、この連載を読み続けて来た人は、既に選ばれているのですね。

──奇蹟にひらかれやすい人というのは、世界に対する好奇心が強かったり、興味が強いこともありそうです。最近は他人に興味を持たない人も大勢いますから。

宮台　90年代半ば、関西テレビの番組のために数々のナンパ師を取材していた時、一人の「存在論的ナンパ師」がいました。「これだけ女がいるのに、自分はそのほとんどを知らない。それを知らないで、良い女だ、悪い女だ、と言っているのは余りに恥ずかしい」と。

彼は自らを求道者だと言いました。僕は感動しました。エゴを超える響きを聴き取ったからです。その頃は僕も現役ナンパ師でしたが、自分を反省しました。欲望の実現や孤独の解消は所詮ルーティンです。マスターベーションでも飲み会の馬鹿騒ぎでも代替できます。

でも「存在への欲望」や「世界への欲望」はそれでは無理です。プレステのようなゲームでも無理です。この人の存在は奇蹟だと感じられることは、ゲームではあり得ない。なぜなら、ゲーム内の世界は「こしらえ物」に過ぎず、世界（総ゆる全体）ではないからです。

加えて世界には深度がある。｢この人は世界の全て」という時の世界の深さにも上には上があるのです。性愛は相対性より絶対性を求める営みだと言いました。これが絶対的と思えても、それは今のあなたの世界の深度に依存します。だから絶対性は更新できるのです。

前に絶対性を求めるなら比較が必要と言いました。比較するなら相対性だと思えますが違います。新たな出会いで世界の深度が変わり得ます。世界は自分が思っていたものと違ったと告げ知らせるのが「凄い人」ですが、｢凄い人」の後にまた「凄い人」に出会えます。

──代々木忠さんが、「何千人もの女性に出会ってきたけれど、本当に全てを明け渡すことが出来る女性、もはや『しあわせになった』というレベルではなくて、『しあわせ』そのものになってしまうような女性は２、３人しかいなかった。でもそういう人は確かにいた」と言っていたのが印象的でした。純粋に数の少なさでも、凄い次元なんだと思います。

宮台　僕が性交してきたのは数百人で、代々木監督の数分の一ですが、各所で書いた通り、全てを明け渡せる「凄い人」は３人でした。彼女らと別れたのは互いにどうしようもない事情があったからですが、彼女らとの出会いの度に、僕の世界の深度は深まりました。

──奇跡的な尊い存在ですね。

宮台　そう。「世界にこんな人がいるとは知らなかった」「この人との出会いで世界について思い違いしていたのを知った」「そんな人との出会いを許してくれた世界には感謝しかない」と思える相手です。僕はあなたにそうした「絶対的な邂逅」を求めて欲しいのです。

──それも「関係性の欲望」を持つことでしか出会えないんでしょうね。

宮台　そう。求める者は救われる。求めない者は救われない。僕は嫉妬感情を長い間完全に失ったことがあります。初恋の失敗から「もっと上を」と狙うようになりましたが、初恋相手を絶対化した営みなので成功するはずもない。気付いたらナンパ師になっていました｡

嫉妬心が消えていた自分に気付いて大きな喪失を感じました。どの女も取り替え可能に見えてしまう。こんなはずではなかった。「自分はナンパ地獄に落ちた」と思いました。やがて或る女との出会い、正確には或る大騒動を通じて、奇蹟的に嫉妬の感情が戻りました。

少し後、僕に告白してきた東大生女子に、嘘はつけないと思った僕は、コンスタントに４〜５人と愛なき関係を続ける自分には女を愛する力に問題があることを告げ、断ったところが直後に自殺しました。極度に鬱化し、起きられるようになって離島を旅しました。

僕にはどんな応えようがあっただろうかと考えると選択肢がなかったと思えました。それがヒルギの森で覚醒しました。生き方が間違っていたから選択肢がなかったのです。生き方を変え、ナンパをやめました。愛せると思った相手だけと性交するようになりました。

そこからが長い道のりでした。嫉妬を感じるから愛せるだろうと思うことと、奇蹟を感じて愛することとの間には、距離があるからです。何か違うと思い続け、絶対的な関係を求めて全身全霊を使うようになって、やっと今の妻と出会い、三人の子に恵まれました。

そのかん人類学や比較認知科学の本を読み進め、自分がどんなパターン化された罠にハマったのかを考えました。そこで手にしたのが「言語・法・損得勘定の界隈である社会と、そこに還元できない未規定な世界」という観念と、社会に飲み込まれないという決意です。

それで、やっと回復した嫉妬感情からも、自由になりました。正確には、所有観念と結びついた嫉妬を努力して消去し、それでも残る感情を、前に話した二つの規範に従って制御するようになりました。やがて能動的な制御が中動的な自然体に進化して、今に到ります。

相手が浮気したら、①その時間が幸せだったか、②僕にはそれが与えられないのか、③与えられないなら僕との関係に何が欠けるのかを尋ね、欠けたものを補う努力をし、それでもダメなら苦しくても「相手の幸せのために」別れるという構えを自然なものにしたのです。

求める者は救われ、求めない者は救われない。そのことを分かってもらうために自分の話をしました。僕が弱い人間だった事実を差し引いても、天から降ってくるように絶対的な関係が与えられることはないと思います。だから「関係性の欲望」を持つことが必要です｡

フィールドワーカーの僕は、ナンパ師の取材を通じて、僕みたいな男が一つのパターンなのを知っています。個人ごとに個性があると見えますが、それは単純なパターンが組み合わされることによる表現型です。パターンに徹底的に注目して超えようと思うのが大切です｡

学問的には、パターンを超えようとするのも人間なのでやはりパターンに収まります。それでいい。パターンを超えようとする運動が大事だからです。この運動がショボイ感情ゲームをその都度乗り越えさせます。こうした乗り越えなしに絶対的な関係は得られません｡

僕は首の皮一枚でつながる経験の反復で今の構えに到りました。それを僕は何かからのギフトだと感じます。だからリターンを返したい。でも誰に返せばいいのか分からない。だから僕が知ったことを皆に伝えたいと思います。首の皮一枚は皆さんには辛過ぎるからです。

──なるほど。この連載がはじまるまで、私は「社会の中にいる」という認識すらありませんでした。でも、あまり社会化されていなかったのか、言われたら「確かに！」と思えました。だから友達にも「私たちは社会の中にいるけど、実は社会の外がある」と伝えたんです。その子は「確かに！」と納得していました。

宮台　今は多くの人が高望みをしないから、挫折もなく、気付かないことも多いと思います。今あるものの中で何かしようとする「安全パイ戦略」を取ります。でも逆に「社会はどうとでもあり得る」と思えれば、いろんなことを望みながら、諦めないでいられます。

普通の人が見れば、往生際が悪いし、突拍子もないロマンチストでしょう。でも、幸いは、突拍子もないロマンチストに宿るのです。内在系の人には性愛の幸せはちょびっとしか来ません。超越系の人には、性愛の幸せが宗教的な奇蹟ではないかというくらいに訪れます。

普段の僕は「超越系」の人を、平たく「ここではないどこか」を求める人と言い、「内在系」の人を「ここしかない」と思う人と言います。大切なのは「ここではないどこか」を求める人が「性愛についてはそれを求めない」ということは、絶対にないということです。

80年代に繰り返した大規模統計調査から、｢ここではないどこか」を求めるか「ここしかない」と思うかは、人格の型であることが判っています。あなたは「ここではないどこか」を求めるから僕の話を聴いている。ならば後は僕の話を手掛かりに「出かける」だけです。

──そうですね…。奇跡を感じるということを含めて、超越系の生き方のほうが魅力的に感じます。性愛はその入口として良い体験なのだと思いますし、私も実践できることをおこなっていきたいと思います。本日はありがとうございました。

 

性愛に踏み出せない女の子のために
第7回WEB版　おわり　次回もお楽しみに！