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スイスのBD作家・COSEY インタビュー

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コゼイメイン

© Cosey / Le Lombard

 

BD作家コゼイ(本名ベルナール・コセンダイ Bernard Cosendai)は、1950年6月14日、スイスのローザンヌ生まれ。16歳で、イラストレイターのデリブ氏に学び、まずカラリストとしてデビューした。1974年から、ジョナタンという放浪者を主人公としたコミックスを、タンタン誌に連載を始め、終刊まで続けた。シリーズは、すでに16冊のアルバムになっている。9年前に来日したときにもインタビューしているが、村上春樹の小説が好きで、その全作品を読んでいるという話が印象に残った。「ジョナタン」の新作に、日本人女性が登場するので、そのあたりから話をきいた。インタビューは3月14日に、アンスティチュ・フランセ日本(東京)で行われた。

 

1.「鉄腕アトム」は、絵が動いている

 

小野 ジョナタンの第16冊目になる「アツコ」(Atsuko)は、2011年の刊行ですが、ビルマ(ミャンマー)から物語が始まるのですね。

コゼイ そう。彼はビルマでアツコを必要としている。だが彼女が日本に帰ったので、手紙を書き、日本へ行く。この物語には、ふたつのラブ・ストーリーがある。アツコの叔母はキリスト教の宣教師と恋におちいる。そしてアツコを追うジョナタン。といっても、ふたりのあいだになにも起きるわけではない。キスもしない。日本の恋愛小説では、多くの場合なにも起きないのと同じだよ(笑)。アツコには別にモデルはいない。

小野 日本の風景はどのように?

コゼイ 京都で06年10月に「スイス・コミックアート展」があり、同じスイスのBD作家フレデリック・ペータースといっしょに二度目の来日をした。そのとき、5日間、飛騨の高山に滞在して日本アルプスの風景を見た。東京では谷中に行った。それで、そこにアツコが住んでいる設定にしたんだよ。

小野 京都ではワークショップをなさったのでしたね。その企画を担当した日本人ふたりのスタッフが「アツコ」のなかに写真やマンガで出てきますね(笑)。でも「アツコ」は冬の話で、東京に雪が降っていますね。高山に行かれたときは?

コゼイ 冬じゃないから雪はなかった。でも、雪はスイスでもどこでも同じだから、高山の風景に雪を加えたのさ(笑)。私は雪が好きなんだ。なんでもおおってしまうから描くのが楽だしね。

小野 日本の描写には、日本の浮世絵版画のような感じもありますね。

コゼイ 広重や北斎の版画は大好きなんだ。

小野 いっぽう、アツコの部屋に鉄腕アトムの人形が置いてあるのがおもしろい(笑)。

コゼイ 手塚マンガは「鉄腕アトム」しか知らないが、絵は特にすごいというわけではない。だがそれがうまく機能してるんだ。コミックスではそれが第一に重要な点なんだ。手塚は絵によってストーリーをころがしていく。動かしていく。それが大切なんだ。つまり、マンガの絵はイラストレイションとは違うんだ。

小野 例えばエンキ・ビラルの作品は人気がありますが、絵はむしろイラストレイション的ですよね。

コゼイ そう。絵はすごいが、それがストーリーを動かして流れていくようには機能していない。手塚の作品は、とても映画的だよ。松本大洋も、まるで流れていくように描くね。谷口ジローは、とてもフランス的だ。画家では、例えばアンリ・マティスの絵はコミックスに近いと思う。私はホアン・ミロの絵も大好きだよ。ポール・クレーはちょっと固苦しくてアカデミックすぎる。カンディンスキーやモンドリアンやミロなど、自由な感じの画家が好きだ。マンガのデッサンというのは、ストーリーをサポートするためのデッサンで、デッサンのためのデッサンではない。だから同じ記号が何回もくり返されていくんだ。

 

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「ジョナタン」シリーズ『アツコ』(Atsuko)より

 

2.チベットの物語からライトの建築へ

 

小野 ジョナタンの連作もそうですが、チベットを舞台にした作品が多いですね。

コゼイ とても山が好きだからだよ。フランスの山岳作家の文章に影響を受けたし、山を舞台にしたコミックスを描きたかった。それに私は、エルジェの「タンタン、チベットへ行く」が好きだからね。1970年代には、アジアの山岳地帯の写真があまりなかったので、自分で旅行することになった。私の初めてのチベット作品は、ジョナタンものではない単発のアルバムだよ。1975年ごろには特に興味があったし、チベットを描くのは当時は新しかった。これまでに計5回行っているよ。チベットは広い。04年には南西チベットに行った。

小野 チベットにマンガ家は?

コゼイ そういえば、インドや中国のマンガ家に会ったことはあるが、チベットのマンガ家は知らないね。まだ会ったことがない。

小野 さきごろベルギーの韓国生まれのBD作家ユングに会いましたが、記憶を失って放浪するジョナタンの物語に自分を同化していたと言っていました。あなたを訪ねたとも。

コゼイ ユングは知っている。まあ結局、私は自分で読みたい本を描いたことになるね。ジョナタンの第一作はアムネシア(健忘症)に関してで、物語の主要テーマは、すべて記憶についてなんだ。私自身も、まだ自分の記憶を探しているようなものだからね。

小野 そして私は、あなたの「ピーター・パンを探して」というBDが、とても好きです。

コゼイ 「ピーター・パンを探して」という小説を主人公が書いているという設定で、私は自分が良く知っているスイス・アルプスについての物語を描きたかった。スイスの南西部は、イタリア、フランス、ドイツと隣接しているから、スイス、イタリアのアルプス地方の風景がある。主人公の亡くなった兄のイメージがピーター・パンに似ている…。ケース・ブッシュの「ピーター・パンを探して」というシャンソンを聴いて「あ、これだ」と思った。

小野 スイスの自然描写が美しい作品ですね。

コゼイ 人物を描く場合、表現に制限がある。岩など自然の物は抽象的な存在なので、それを通して人物を表現するのはおもしろいと思う。自然をシュールレアリズム的に単純化して描くのが好きなんだ。ちょっとだまし絵的でね(笑)。ジョナタンものを五、六冊描いたら人気が出てきて、自由に仕事ができるようになったので「ピーター・パンを探して」を描いたんだよ。

 

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 「ピーター・パンを探して」表紙

 

小野 コゼイさんがお住まいの山小屋のような仕事場の写真は、とてもすてきですね。

コゼイ シャノーと呼ばれる山小屋で、むかしはもっと大きかったんだけどね。ここから街のスーパーマーケットまで車で1時間で行ける。画材の紙や筆、ペンなどはそこで買うんだ。

小野 仕事場の壁に、いろいろ紙が貼ってありますね。仕事の手順はどのように?

コゼイ コミックスのシナリオは、書き始めが難しい。どこから始めるか、天から降ってくるのか。まずシナリオを作り、そのイメージに合った風景を探しに行くのがふつうだが、私は逆で、まず単にどこかの地方に興味を持って旅に出かける。そのあとで、写真やスケッチのなかのイメージを見ることでテーマを探す。だからイメージの発酵まで六か月かかることもある。壁には絵や写真や、自分の内部に生まれていくシナリオの一部、セリフなどを紙に記して貼っていく。左から右に並べていく。ポストイット方式だよ(笑)。順番に制約されると困るので、ばらばらに貼っていくが、そのうちなんらかの関連が見えてくる。そこにはこれから生まれる作品のすべて──シナリオ、会話、画面の背景に出てくる家や車などについても記してある。やがてその断片がページごとに区切られ、ページ番号もつけられていく。さらにページ内のコマ割りが生まれ、絵コンテに発展する。初めはトレス台に紙を置いて描く。窓ガラスに紙をあてて描いて、ひっくり返して見るとデッサンのまちがいなどがわかりやすい。それで画面の左右を逆に修正したこともある。最終稿は原稿の用紙に鉛筆で下描きして、そのうえをインクでペンいれし、消しゴムで鉛筆の線を消し、筆も加えて完成。印刷屋はその原画をフィルムにして正す。紙に黒色の部分を印刷したシートが出来てきて、それに私は、透明水彩と不透明水彩(グワッシュ)の両方を使って彩色していく。

小野 旅行の結果が作品化するには、時間が必要なのですね。

コゼイ 旅をしてから1、2年経って、ノスタルジアができ、そこから作品が生まれてくる。壁に自分が思い浮かんだものを脈絡なく並べ、足したり引いたり、全体を見渡していろいろできる。パズルをはめていくような作業に似ているね。

小野 フランク・ロイド・ライトの建築が舞台の作品も描かれましたね。

コゼイ アメリカのアリゾナ州のフィニックスに行ったとき、アリゾナ砂漠にロイドが設計した美しい学校があったんだ。それから10年後に、とつぜんその建物で起きる話を描こうと思った。これはおとなの高齢者同士のラブストーリーを4つ集めたアルバムで、そのひとつの舞台がライトの建築なんだ。高齢者の恋というのは、あまりコミックスで描かれてないので描いてみた。でも、砂漠の美しく奇妙な世界を訪ねてから10年後だから、体験に距離を置くことが必要なんだね。そのあいだに記憶が私の内部で育ち、熟していき、あるとき突然ひらめくんだよ。この場合もそうだが、私の作品のメイン・テーマは女性だね。すべてが結局ラブ・ストーリーなんだよ。

 

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フランク・ロイド・ライトの建築が舞台の作品

 

3.コミックスと音楽

 

小野 生まれて初めて見た映画を覚えていますか。

コゼイ 10歳のころスイスの映画館で見た「カピタン船長」(1950)という映画だったと思うけど、ミッキーマウスやグーフィーの出るディズニーの5分くらいの短編アニメを12歳のときフランスの映画館で見た。最初の長編アニメは、14歳のときに見た「101匹わんちゃん大行進」で、いまでも好きな作品だよ(笑)。それからスティーヴ・マッキーン主演の「大脱走」(ジョン・スタージェス監督)もスイスで見て大好きだね。

小野 ジャック・タチの映画はいかがですか。

コゼイ いいね。特に「ぼくの伯父さんの休暇」がすばらしい。

小野 ジョナタン・シリーズの主人公の名は?

コゼイ リチャード・バックの「かもめのジョナサン」から来ている。いま、その最終章が刊行されたが、とても共感するよ。ジョナサンは飛ぶ技術を知っているが、朴とつで、親切のあまりトラブルに巻きこまれてしまう。私の若い頃に似ている気がする。いろいろな要素がある。自分のなかの性格から抽出した要素が私のジョナタンにはいっていると思う。

小野 あなたの作品には、音楽がひびいていますね。

コゼイ 私はBDと音楽は融合できると思う。作品のなかに音楽がはいると動きが出てくる。ピンク・フロイドの曲や、映画「エクソシスト」の音楽を作曲したマイク・ゴールドフィールドの音楽とか、ジョナタンものを描き出してから私は音楽を意識してきている。

小野 それは、あなたが好きな村上春樹の小説に通じますね。

コゼイ ほかに川端康成の本も好きだ。

小野 では、お好きなヨーロッパのコミックス作家は?

コゼイ イタリアのユーゴ・プラット、フランスのクリストファー・ブランなど、たくさんいるよ。アメリカの古典ではジョージ・ヘリマンの「クレイジー・キャット」がいい。ほんとうに単純なコミックスなんだけど、そのなかに深く引きこまれてしまう。ほんとうのコミック・アートだね。

小野 スイスのコミックス事情は?

コゼイ マーケットがとても小さいので、みなフランスやベルギーの出版社から本を出そうとする。でも作者たちの個性がはっきりしてきた。BD作家は個人主義の人が多いから、作品の国別には興味のない人が多い。

小野 ところで、いまお持ちのカメラは9年前にお持ちだったのと同じですか?

コゼイ そう思うよ。オプティカル・ズーム方式のニコンさ。今日は川越に行って古い建物などを撮影してきたよ。

 

 コゼイ氏は、この日アンスティチュ・フランセ日本(東京)でワークショップを行い、私も参加した。翌3月14日には横浜でもトークが催され、彼は横浜の海を見に行った。なお日本でも1981年に新評論から刊行された「Love John Lennon」(ジョン・レノン追悼マンガの特集)にコゼイ氏の作品が2ページ載っているので紹介しておく(新見ぬゑ氏提供)。それがこれまで唯一の日本紹介作品である。

 

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「Love John Lennon」より

初版発行日:1981年12月15日/訳者:金田ハジメ/出版社:新評論


 

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コゼイ氏近影と直筆の絵&サイン